身体と私

自分の身体を自分そのものだと捉えなくなったのは、いつ頃からでしょうか?

インテグラル理論によると、肉体は自分の一部というより、外面として存在するという考えがあります。
私自身、インテグラル的な考え方に馴染んでからは、いっそう自分と切り離したものとして捉えるようになりました。顔を含むあらゆる肉体の断片は、人生という舞台において、重要な小道具やトピックスとなり得る存在です。そしてその断片は、あきらかに自分自身の感覚に、境界の見分けもつかないほど密接に直結しているのです。痛みや、心地よさ、緊張や違和感まで。

こころと身体の関係は、これまで何度も伝えてきた通り、その因果関係を語るまでもなく、密接に共鳴しあう間柄です。そして、肉体を健康に保つために欠かせない要素として、生活習慣があげられます。

表現アートセラピー画像2病気は生活習慣病と言われるように、その人の態度や、食生活が反映して起こると言われています。
さて、そんな風にいわれると、病気や足腰の具合が良くなくなると、自分の態度を振り返らざる負えなくなるものです。

私は、あまり積極的に病院に行くほうではありません。それは、具合が悪くならなかったのではなくて、単に薬が嫌いだったからです。薬で良くすることができるのは、症状のみで、病気の原因を取り除くことはできません。

私が興味を持つ「原因」とは、たとえば、風邪のウィルスに何所で感染したかという事実ではなく、ウィルスをはびこらせる要因となる、免疫低下の原因のほうを指しています。
それは単に生活習慣の乱れに限らず、様々な要因が考えられます。
生活習慣は、心の作用も関係して来ますので、自分の意識のバランスを問うならば、身体の状態を探れば良いわけです。

そんなわけで、私にとっての身体とのつきあいは、自分の心の内面(とくに無意識)のメッセージをくみ取るやりとりが交わされるようなものになっています。

昨年の12月、ワークショップで座る機会が多かったからか、思い出したように腰の痛みを感じるようになりました。それまで、毎朝1時間以上かけて、ヨガやストレッチをしているのにも関わらず、一向に痛みが和らぐ様子もなく、なかなか身体自身からのメッセージも受け取れず、すっきりしない日々を過ごしていました。

表現アートセラピー画像3マッサージや整体に頼ることも頭をかすめたのですが、他力な治療に偏見があったせいでしょうか、なんとか自力で治すことに固執してしまったために、長引かせる結果になってしまいました。

腰痛を、スピリチュアルな観点から探れば「怒り」や、「自立」に関するテーマを含んでいることは、日頃人に伝える立場から深く承知しているので、念のため心の内面をさらってみましたが、何も思い当たりません。

 

無意識下で起こっているものなので、頭で考えても解らないのは当たり前なのですがついつい、そこから目をそらす態度を取ってしまいました。

腰痛は腹筋と背筋の衰えから引き起こされることも考えられますので、今までより一層ヨガに励んでみましたが、ますます悪くなる一方です。

このまま、新年を迎えるのも気が重いので、物は試しカイロプラクティックなるものに初めて行ってみようという気になりました。
結果は、思い切り患部を指圧され、翌日は揉み返しの痛みで返ってだるさが増してしまいました。

やはり他力の治療はあきらめ、もう一度心の内面を探ることにしました。

自分の身体にお願いをして、腰の痛みを引き起こした原因を聞くために瞑想してみたら、夜明けに目が覚めたとき、ある出来事を思い出しました。それは、ずっと昔に手放したと思っていた怒りの出来事でした。

表現アートセラピー画像4そのとき、自分がまだその破片を握りしめていることにハッと気がついたのです。それと同時に、頑なに癒されることに抵抗していることに気づき、癒しについて改めて思い直すきっかけになりました。

するとその次の日、偶然一人の整体師のHPを紹介されたのです。

靜照庵という名の少し風変わりなHPの内容に興味を持ち、場所も偶然近くなので、早速行ってみることにしました。

庵主の田辺さんは、野口整体の流れを基本とした「操体法」を取り入れた施術を行っている方でした。操体法については、靜照庵HPに紹介しているので、興味があるかたはぜひご覧になってください。

操体法を体験して、何よりびっくりしたのは、何週間もくすぶっていた腰痛がたった1時間の治療で楽になったこと。それも、大げさなことは何もなく、ただ身体の所々を軽く調整しただけのような印象でした。

表現アートセラピー画像5腰から影響していた膝の痛みも、驚くほど和らいでいました。

この年になって、改めてヒーリングされること、サポートされることの大切さに触れたような気がしました。

田辺さんの物腰は、とても穏やかで、沢山言葉を交わしたわけではないのですが、不思議な安堵感を感じ、知らぬうち身体がほどけていったのでした。

自分自身が心をサポートする側でしたが、何気に自分自身がそれを受け取ることに抵抗があったのには驚きました。つまり、自分がしていることを、反対の立場で否定しているようなものです。

本当に人の助けになるためには、助けられる立場を理解する必要があるのです。
そんな大切なことを、私の身体は身を以て教えてくれたような気がしました。

1月は、3つの連続講座のテーマが「ボディ」でした。

表現アートセラピー画像5インテグラルワークの中の身体と、セルフヒーリングワークの中の身体、そして専修講座の「ボディ&アート」

この時期の自分と身体の関わりを振り返ると、改めて流れの中に自分がいるのだなあと、しみじみと感じます。

身体は何よりも、人間の無意識と繋がる能力を持っているのです。
頭で何度も考え抜いた事柄も、身体に聞くことで、あっという間に解決するような出来事は、ワークショップの中で、日常的に起こっています。

最近では、心の不調は、かならず体調に現れるような気がして、自分の身体がいわばリトマス試験紙のような存在となっています。