持たざる豊かさ

表現アートセラピー画像3大覚して釈迦となる前、人々の苦しみを目の当たりにし、若きシッダールタは大いなる疑問を持ちます。
「何故、人間は苦しむのだろう?」
「どうしたら、その苦しみが癒えるのだろう?」
人間の習性や性を見つめる探求の末、彼は一つの答えを見つけました。
「抵抗と執着」これが、人間の苦しみを創り出し、それを手放すことが解脱への道だということ。

こんなシンプルな答えではありますが、人間にとってこれこそ、難問であり、それ<抵抗と執着>を抱えたまま死にゆく人生は計り知れないカルマを創造し続けて来たのかもしれません。

その心の滞りを解放するプログラムをマインド・デトックス〜解放のリリースワークと言います。
このプログラムを探求し、心の掃除をはじめてから、私の人生は目まぐるしく変化してきました。その速度は年々速まって来ているような気さえします。

表現アートセラピー画像2解放のワークを表現アートのアプローチで取り組むこのプログラムは、心を探究し表現することで解放が起こる他のワークとは一線を画し、ただ解放することに集中していくものです。
今年から、マインドフルネスという、覚醒のメディテーションを掘り下げながら、さらに解放するスキルを学んでいく中で、私もさらに自分の心を見つめる機会を持つことができました。
このワークは、やる人も、それをサポートする人も同時に解放し、自由になっていきます。
自分が、こんなに滞り、立ち止まり、抵抗し、諦めきれずにいたなんて、感じてみるまで知らないでいるのです。

頭と心はいつも裏腹です。
そして、それらは、常に葛藤し続けます。
その混乱の波長を抱えたまま、考え、行動すると、何が起こるでしょう? 当然、分離する意識が引き寄せる現実との葛藤が待っているのです。

表現アートセラピー画像4頭は、常に現実に抗います。
物事や人の考えを変えようと必死です。
そして、日々の時間を危機回避のための奔走します。
それが、幸せなのかは解りませんが…。
それでも、ホッとリラックスする時間があれば、パソコンやスマホとにらめっこをするほうが気持ちが落ち着くようですが、まるで麻薬に刺激を求めている人のようです…。

人間は、あらゆる物に執着します。
お金や物や人。自分の考えや観念ややり方やプライドに。今の生活を手放したくないのに、満足もせずに、もっと良いものを望んだり。
執着と抵抗の狭間で葛藤するのです。

そのどれもが、不必要なゴミのようなものです。
しかし、人間は、そのゴミが大切なようで、後生大事に抱え込み捨てようとはしません。手放すこと、捨てることが大切なのだとわかっていても出来ずにいるのです。

表現アートセラピー画像5もしも、釈迦が現代の私達を見たとしたら、彼が生きていた当時とまったく変わらない人々の葛藤を見て、何と思うのでしょう?普遍なる宇宙の中で、唯一不変なものがあるとしたら、それは人間の性(サガ)なのだと思うのでしょうか?

今年のマインド・デトックスは、そんな抵抗や葛藤を抱える人にも解放することが無理なく起こるような、覚醒のトレーニングを取り入れました。
無意識に握りしめているものは、無意識にアクセスしないと離れていかないのです。

気づいている意識が、手放そうと思っても、握りしめた手は動かず、心も微動だにしません。
無理やり、解放することをせずに、ただその心や手に寄り添っていくうち、だんだんと心がほぐれ、解放のプロセスがはじまるのです。そんなリリースのステップを助けてくれたのが、マインドフルネスのアプローチでした。

表現アートセラピー画像6マインドフルネスとは、在るがまま見つめる方法のこと。観る対象や、心や身体や、状況など様々です。
心が乱れ来ると、部屋が乱雑になるといいます。
だとすると、お部屋は自分の心のバロメーターのような存在です。 断捨離は、心のゴミを手放すための足がかりになりそうですが、物は捨てられても、心の中の滞りを手放すのは、簡単ではなさそうです。

滞りのエネルギーとは、不要なゴミのようなものなのですが、それを何かの理由で手放せずにいるのは何故でしょう?
もしかすると、それは、ゴミではなく宝のような価値があるものだと、エゴは勘違いしているのかもしれません。

表現アートセラピー画像7その秘密について、解き明かして行くプロセスが、解放のメソッドです。
そのキーワードは、「観ること」そして、「在る」ことです。

「観る」と「在る」は、「今、ここ」で起こっています。昨日を見ることは出来ませんし、自分がいない場所(向こう)を見ることも出来ません。

たった今、自分の中に起こっている思考をはじめ、感覚や感情を見ていくとき、すべてが在ることを頭では無く、感覚で理解していきます。
これが、マインドフルネスという感覚であり、解放する直前に起こる心の状態なのです。

マインドデトックスのワークを提供してきて、今ほど、この在り方の大切さを実感することはありませんでした。
むしろ、解放することに捕らわれず、ただ観ることをし続けていたら、自然にいろんなものが手離れていくのかもしれません。
リリースワークという、解放のメソッドを実践していく中で、思考に巻き込まれず、感覚を辿っていくことができたのは、表現アートというツールがあってこそ。
言葉にはまり込んでいた人も、一度ボディワークを体験すると、深い気づきが起り、すーっと楽になって行きました。心の滞りを創り出しているのは、やはりあの決まり切った思考の仕業だったのです。

表現アートセラピー画像8プログラムを体験するうち、参加者の人達はどんどん軽くなり、目の前の問題や滞りがなくなっていくのを目の当たりにしながら、気づくと、提供している私までも楽になっていくのを感じました。

すると、不思議、不思議。あんなに滞っていた、整理整頓、年末に捨てられなかったものがどんどん片付いていくではありませんか! 笑
「あ〜、心と世界は繋がっているのだー」と、あらためて実感してしまいました。

こんな訳で、私の日常はいろんなものの解放ではじまり、終わります。
こびりついた考え、執着、抵抗、怖れ、自己欺瞞、疑い、コントロール、後悔や苦い思い出。好きだったけれどもう着なくなった服や、たくさんある缶切り。笑

解放できるものを、極限まで解放すると何が起こるのでしょうか?
それは、自由と豊かさと十分なスペース。

心の断捨離をやり続けた釈迦は、生涯不必要な持ち物を持つことはありませんでした。それは、何も持って無かったのではなく、すべてが内なる世界に在ることを知っていたからこそ、何も求めることはなかったのだと思います。

表現アートセラピー画像9私達が生活の中で溜め込んだ物。家の中や、心の中、肉体(余分な脂肪!)に至まで、すべて渇望の果てにやって来たものたちです。それらを、淡々と整理していくと、自分の持っている物(才能や内的資源)が見つかります。そこでようやく自分の本当に望むこと、望む在り方が見えてくるのかもしれません。

執着とは、怖れからやってくる欲求が生み出している心のブロックです。
これに突き動かされて生きているのが現代の私達です。

目の前の雑事に追われ、いろんな物を見失ったまま人生を終える前に、「今、ここ」で出来る事はとてもシンプルです。
ただ、「気づいていること」そうすると、怖いものが無くなり、世界がだんだん楽になってくることでしょう。