充実した生活

一昔前のことですが、「リア充」という言葉が流行りました。
はじめて聞いた時は、「何それ? ポケモンの怪獣のこと?」と思いきや、「リアル(現実)の生活が充実している人」を指すネット造語だということを知りました。

当初は、インターネットコミュニティに居場所を求める人達の間で自虐的に表現した反語<充実していない現実>として使われていたそうですが、やがて若い世代の中で「充実した現実生活」を表す略語として流行るようになりました。

現在では、現実生活で、実際に会って話ができる友人が一人でも居るなら、それは「リア充」だと認められるそうですが、正しくは、パーティに参加したり、グループで旅行やBBQをして楽しむなど、「趣味」や「仕事」「人間関係」などが充実していることが『リア充』の定義なのだそうです。

幸せの代名詞として知られるようになった「リア充」ですが、人によってその中身は随分異なるような気がしています。
たとえば、私にとって幸せな現実生活とは、パーティや合コン、クルージングに参加するというより、何気ない日常の出来事ややりとりの中で感じるもだったりします。まあ、誰かに充実の中身を決められるのは嫌なんでしょうね。

そんな私もその昔、リア充を自称して生きていた人間の一人でした。仕事がうまく行っていたら充実していると思っていたし、家族や人間関係に恵まれていたら幸せだと思い込んでいました。

しかし一方で、物質的なものはどんどん豊かになっていっても、悩みは尽きません。
当時は、ネット世界など無縁な時代。それこそ、リアルな人間関係しかありませんでしたが、本気で喧嘩できるような絆を結べる関係を築くこともありませんでした。その当時の私は、つねに足りないものを求め、心の中(バーチャルな世界)で、迷子になっているような感覚に陥っていたのです。

ネットの世界が幻想(バーチャル)で、物質世界を現実(リアル)だとするこの考え方は一般的なのかもしれませんが、仏教の考えを用いれば、この現実世界そのものを幻想と見なします。
すると、ネットという幻想の外の現実世界(パーティや合コンやクルージング)すら、バーチャルな世界となってしまうわけです。

では一体、「現実(リアル)」とはどこにあるのでしょうか?

それは、「今、ここ」
今、ただ起きている現象。つまり「今、ここ」を感じることが「現実(リアル)」を生きることに繋がるのです。

「リア充」なる言葉が流行し出す頃、私はワークショップに訪れる人達と「今、ここ」の感覚を共有する時間を過ごすことが日常になっていました。
自分を取り戻すために、日常生活から離れ、心の世界を旅するような表現アートのワークショップは、一見「非日常の世界」だと見なされることがあります。
しかし、「今、ここ」で起こっている自分の感覚や身体の反応を追求していくワークのすべては、実にリアルな体験なのです。

ワークショップのプロセスの中では、誰もが本音を表現しようと努め、お互いの「今」を確認し合います。
自分の感じることや反応に敏感であることで、自分の源や人と繋がる体験をしはじめ、ようやく在るがままの自分でいることを赦しはじめます。それこそ、充実した時間です。

そんな人々とふれ合う時間の中で気づいたのは、多くの人々が求めている「充実したリアルな生活」とは、勇気を持って幻想から抜け出し、ありのままの自分として「今ここで生きること」なのかもしれないということでした。

幻想から抜け出し「今ここ」で「ありのままの自分を生きること」など、云ってしまえば簡単ですが、とても勇気がいることです。「今、感じること」を正直に表現すると、人とぶつかることもあれば、理解してもらえないこともあります。
本当の自分と繋がり、人との絆を結ぶことは、大きなストレスでもありチャレンジです。しかし、そうやって本物の絆が生まれ、その取り組みが人生に充実したエッセンスをもたらしてくれるのだと思うのです。

実際に、世論調査によると、何事もなく平安だった人生を生きた人よりも、ストレスを感じながらも、多くの困難を乗り越える人生を送った人のほうが、「充実した人生だ」と感じるパーセンテージがはるかに高いといった結果があるそうです。
困難やストレスを好む必要はありませんが、成長をうながすチャレンジを自分に与えてあげることは、人生を充実させるヒントになりそうです。

ようやく春の息吹が聞こえてくる季節になりました。体調や気分に変化が起こるのもこの時期ならでは。
春は、寒い冬を経て、古くなった殻を脱ぎ捨て、新しい自分が芽生えるはじまりの季節です。

さて、あなたにとって、充実した生活とはどんなイメージですか?
今年の新しい息吹が吹くこの季節に、思いを馳せてみてください。望む生き方や新しい人生のイメージが見つかるかもしれません。

春を迎えるこの季節になると、鎌倉は風が強い日が多く、海が荒れます。
すると、嵐の後には海岸にたくさんの海藻が打ち上げられるのですが、その新鮮なわかめを拾ってその日のうちにわかめ汁にして平らげるのですが、その美味しさといったら…。

偉そうなことを並べましたが、最近の私にとっては、まさにこれが「リア充」の瞬間なのです。(笑)