【第2話】天と地を結ぶ惑星- 月の秘薬アヤワスカと太陽の妙薬サンペドロを辿る

表現アートセラピー画像1日が暮れると、マロカ(メインホール)に、人々が集まってきます。
ブランケットや枕、寒くなった時のための服など、準備万端に整えた私は、緊張を和らげるために早めに席に着き瞑想を始めました。
夜になると、アマゾンの森は湿り気のあるひんやりとした空気に包まれます。
北半球にある日本とは反対の気候条件の南米では、 これから冬を迎えようとしていました。日中は強い陽射しで蒸し暑さが続きますが、それでも夜には一気に気温が下がります。おまけに、アヤワスカを摂取した後に起こる強い浄化作用としての嘔吐や下痢が治まってくると、今度は離脱症状のような寒気が襲って来るのです。

計ってはいないので解らないけれど、血圧が急激に降下するのでしょう。うっかり、薄着のまま夜のセレモニーに参加した初日は、セレモニーが終わった後も、これまで体験したことの無いような怠さに、衣服を取りにロッジまで帰る気力もなく朝まで薄いブランケットの中で縮こまるしかありませんでした。

表現アートセラピー画像2その日の経験から、セレモニーの夜には誰もが持てる衣服をありったけ着込んでやってきます。
寒さが苦手な私は、もちろんのこと数足の靴下とブランケットを持参して、どうやって靴下をはいたまま、トイレに行くためのビーサンを履こうかと、しばらく思案する始末。
アマゾンのリトリートに着いてから、この環境にどうやって馴染むか思い巡らすことにほとんどの時間を割いている自分が滑稽でした。
すっかりサバイバルモードの私とは対象的に、裸足で短パンのまま過ごす人達はとても優雅に見えます。

日本人は清潔好きで有名ですが、アマゾンではそれは美徳ではなく、ハンディでした。私にとって、あらゆる事態がエッジ(我慢の限界という感じでしょうか…)でした。森に来てから数日経っても、慣れるどころかストレスは日に日に高まって行ったのです。
どこもかしこも、衛生的ではないことに、内なる子供は恐怖を感じていました。我慢することが不条理に思えたのです。

表現アートセラピー画像3アヤワスカへの不安が募ったその日、私のストレスは限界に達していました。もはや平静を保っているのが苦しくなり、ロッジで独りになると怒りをぶちまけました。
「もう嫌だ!」「こんなところで暮らすのはイヤ!」「何もかもが汚い!」
そう叫んだとたん、ふと気持ちが楽になったのです。

「なんで汚いの?」自分に問いかける声が聞こえて来ました。
この施設にあるものは、すべてオーガニックな物ばかりです。
足にまとわりつく泥や砂。それは自然そのものなのに。
アマゾンの自然の中に息づく生物たちや、藁葺きの家も、食べ物も、薬草も…。

私達すべての参加者は、アヤワスカセレモニーへの参加に際して厳しい食事制限を守ることを義務づけられていました。コースが始まる前後の2週間(約一月の間)様々な添加物の摂取を控える事を義務づけられるのです。
薬やお酒はもちろんのこと、砂糖や塩にいたる様々な肉体にとって負担を招くものは厳しく制限されました。当然、コースがはじまってから、ここで口にするものや触れるものは、すべて自然のものばかりです。身体に害のあるものはあるはずがありません。それよりも、よっぽど私の日常の生活のほうが、有害なものばかりに囲まれているんだ。
表現アートセラピー画像4それなのに、私は何を根拠に「汚い」などと決めつけているのだろう? アマゾンの森に息づく虫や生きものたちは、数千年、いいえ数万年を生き延びて来たのです。そして、その自然の中で生かされているのは、わたしたち人間のほうです。

そう思うと急に身体から力が抜けて、笑いと泪が同時にこみ上げてきました。
「自分はどれほど傲慢だったのだろう?」ようやく私は勘違いをして生きて来た自分の浅はかさを思い知ったのです。それは後悔とも違う清々しい気持でした。気づくと自分の弱さや情けなさを受け入れられたことで、安堵している自分がいました。

その夜の彼女(アヤワスカ)は穏やかでした。
マエストラ(女性シャーマン)は穏やかな笑顔でグラスを差し出すと、傍らのファシリテーターが少し心配そうに私の顔をのぞき込んでいます。何も考えずに、一気にグラスを飲み干すとまっすぐに席に戻り深く深呼吸を始めました。

「何も考えるな」そう自分に言い聞かせて、心の中で感謝のマントラを唱えました。
やがて、いつもの吐き気が襲ってきましたが、身体はもう楽にやり過ごすのに慣れてきたようです。
そうしているうちに、あの夜、私を恐怖に落とし入れた幻覚が始まる予感がしました。それは、意識の右下に潜んでいるようでした。そして、そこには幻覚の世界にいたるドアがあるのです。私は、そのドアに気づくと、そこを開け入ることをやめました。

表現アートセラピー画像5すると、だんだん意識が遠のき、ただの混沌とする意識の海に漂っているだけでした。その混沌の波に抵抗しなかったせいでしょうか、嵐はあっけなく去り、いつもより早い弛緩の時がやって来たのです。やがて深い眠りに落ち、気づくと朝を迎えていました。

「生還できた」なんて云うと大げさですが、その時の私は怖れを押しのけて、セレモニーをやり終えたことで至極満足していました。

セッションで何を観ることができたかは、もはやどうでも良くなっていました。
そもそもアヤワスカを体験しようとおもったのは、自分がアヤワスカで見るものは、「奇蹟的なビジュアルやメッセージ」であるはずだという思い込みからだったのかもしれません。
しかし、それに反して、実際に体験したのは、混沌とした世界だったことに、深く落胆していました。しかし、思えばそれこそが傲慢な思い込みだったのです。

表現アートセラピー画像6「自分は特別なヴィジョンを観るだろう」そんなことを思い込んでいた自分は何様なのでしょう? その事に気づくと再び自分を嗤ってしまいました。

そんな格好悪い自分を認めるのはアヤワスカ・ダイエットの食事のように味気ない思いがしましたが、以外と気分はさっぱりしていました。
もはや、ここにやって来た意味は、気づきたくない自分のネガティビティを見るためだったに違いない…。そんなミッションを果たしたような気持ちでした。

自分のネガティビティなど、誰でも認めたくないものです。うすうす気づいていたとしても、目を背けたくなるものです。しかし、どこかでそれを知りたいと思う自分がいるのも確かでした。

辛い時間を過ごし、「どうしてこんな所まで来て、こんなことをしているのだろう?」と自問していた時のことです。

「成長するために」
「傲慢さは成長を阻む」

問いに答えるかのようにそんな言葉が頭の中を巡りました。

成長するためにやって来たのだから、観たくない部分を認める必要があったのです。
認められないものは、受け入れることも、手放すこともできないのだから…。
それは、自分で決めてやっては来たものの、アヤワスカの儀式が始まってから、ずっとここに来た意味を模索していた私にとって、ようやく訪れた納得のいく「気づき」でした。
何かがほどけ、楽になっている自分が居ました。

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久しぶりに晴れたその日の午後、薬草水の行水を終えた私は、ガーデンにある壊れかかったベンチに腰掛けて日向ぼっこをしていました。何日も乾くことがない沢山の洗濯物をぼんやり見ている私に「調子はどう?」と参加者の一人が話しかけてきました。
彼はこれまで何度もアヤワスカのセッションを体験し、今ではヘルプエクスチェンジとして、リトリートで働きながら、時々セレモニーに参加しているのでした。
ベテランの彼に、前日のアヤワスカで体験した苦境について相談していたので、その後の行方を心配してくれてたのでしょう。

私は意気揚々と生還した経緯を話すと、「それは良かった。安心できて」と、喜んでくれました。
怖れを押してセレモニーに参加した自分の勇気を、とにかく誰かに讃えてほしかったのかもしれません。

そして、私が意識のドアの話をすると、彼は遠くある何かを見るように目を細め、微笑みながらながらこうつぶやきました。
「うーん、それはちょっともったいないねえ…」
それは否定するでもなく、独り言のような調子でした。「そのドアを君は見つけたのに…」と彼は云いたかったのでしょうか?

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私は、「そのドアに入らなくて良かったのだ」と、誰かに肯定してもらいたいのだろうか、、。
そう考えているうち私はハッとなりました。

“ドアを入らなければ、何も見ることはできないし、怖れを見極めることもできない。
私は何をしていたんだろう? 南米くんだりまで来て、アヤワスカを飲みながら、意識に変化を起こさないように必死で抵抗しているなんて…。”

そう思うとまた可笑しくなってきました。
そんな気持ちの変化を彼に伝えると、にっこりしてこう答えてくれました。
「自分を信頼すれば、彼女(アヤワスカ)と出逢えるよ」

私は急いでロッジに戻ると、セレモニーの前に描いた絵を見なおしてみました。
天と地を結ぶ惑星の絵。
闇(ネガティブ)と、光(ポジティブ)を結ぶ縦軸と、プラス(男性性)とマイナス(女性性)を結ぶ横軸を描いたのは、その全てを統合したいという願いを込めたものでした。
その絵に描かれた私の意図の通り、私は闇の恐怖を味わい、その対極のバランスを模索していたのです。しかし、まだ私はほんの入り口に立ったばかりでした。

「もう少し先まで行ってみよう」
私の中に勇気という男性性のエネルギーを使ってみる気持ちが涌いてきました。(つづく)