触れたい絵~マーク・ロスコ「瞑想する絵画」

ロスコに会いに行きました。

マーク・ロスコは 1970 年に没した、アメリカ現代美術を代表するアーティストです。今年、ロスコの晩年の代表作である「シーグラム壁画」シリーズ が千葉の川村記念美術館に展示されることを知り、それはそれは、 観に行く日を心待ちにしていました。

私はいつからロスコをこんなに想うようになったのか、記憶は定かではありません。 かつては、彼の表現だけが自分が進むべき方向を示してくれる光のような気がして、つねに傍らに画集をおき、絵を描くことがつらくなったときなどに眺めていた頃がありました。

ロスコがこのシーグラム壁画の展示方法について、大変なこだわりを持っていたエピソードは有名です。シーグラムとは、当時ニューヨークの「フォーシーズンズ」という高級レストランの一室があったシーグラムビルに由来しています。 彼は当時その部屋を飾る絵の依頼を受け、すべての壁面をロスコの絵で飾るという条件に意欲を覚え制作に取りかかります。

しかし、展示を間近に控え、そのレストランのスノビッシュな雰囲気を気に入ることができず、最終的に完成した絵は行き場を失ってしまいます。

その後、ロンドンのテート美術館で、この壁画のための部屋を用意してくれるという機会を得ることで、晩年はそのプロジェクトのためにエネルギーを費やしましたが、開催を目にする前に自らの命を絶ってしまうという人生のエンディングを迎えたのでした。

彼がこだわり続けた、絵を飾る空間。美術館ではあたりまえになった、複数の作家との合同の展示を避けて、ロスコ単独での展示スタイルにここまでこだわった意味について、私は計れずにいました。

巨匠となったアーティストのわがままなのだろうか?
ステータスの表現なのだろうか?

いろいろなとらえ方はあるでしょうけれど、非常に繊細であり、孤独に閉ざされていた彼の心の底からの声なのかもしれない…という思いに行き着いたのです。

それは、美術館の一室で。
ロスコの絵で覆い尽くされた、その空間に立ったとき、彼に会いに来たような錯覚を覚えました。
彼の絵は見るのではなく、出会うような、そんな感覚なのです。やっと会えた喜びと、その印象の違いは、有名人と出会い、その印象の違いに驚くような感覚に似ています。

そして、そびえ立つように飾られた作品の前に近づいて、はじめてその質感をしりました。ずっと、画集でしか会えなかったシーグラム壁画の表面は、キャンバスとは思えないほど、なめらかで、まるでフレスコ画のような、日本画の岩絵の具のような質感を持っていることを知りました。

それは、触れてみたい絵でした。

もちろん美術館にある作品には、決して触れることが出来ません。
しかしそんな感覚になったのは、30数年前に訪れたパリのルーブルでダビンチのモナ・リザ(La Gioconda)に出会った時以来。当時まだガラスの覆いもなく、間近に見たその肌に触れてみたいと思った誘惑を思い出しました。
(注)作品には手を触れないようにお願いします。

一連のエネルギーを保った絵で覆い尽くされた部屋に居ると、まるでお茶室でロスコと二人きりで向き合い、座っているような印象に心臓がどきどきしたほどです。

もしも、ここに他のアーティストの作品があったら、どうでしょうか?
その印象を保つことは難しいでしょう。
瞑想する絵画というタイトルの展覧会は、その空間の中にいるときはじめて理解できるような気がしました。

そして、私はこんな風に考えました。

「ロスコは、彼(絵=自身)に会いに来てほしかったのかもしれない・・」

彼がこれほどまでに、展示の方法にこだわったのは、晩年、家族との別離などを経験した彼の孤独感の現れなのではないかしら・・。
ロスコは、絵を観に来る人々との出会いを、絵を通して体験したいと思ったのかもしれません。
そのことは、晩年彼自身が多くの人との接点を失ったことから来る渇望を示しているかのような印象を持ちました。

この偉大なアーティストについての評論は数あると思いますが、私は自分なりに作品と対話をし、自分の世界観を瞑想しました。

この空間と出会ったことで私の中に静かなある感覚が生まれ、ようやく今、亡き芸術家のメッセージを受け取ったような気持ちに浸ることができたのです。

マーク・ロスコ 「瞑想する絵画」展は、2009年6月7日まで、千葉の川村記念美術館にて開催されています。
※常設展示では、ロスコ・ルームといわれる部屋があり、シーグラムシリーズ7点が常時展示されています。

※掲載しております写真は川村記念美術館様の許可を得て使用しております。写真の無断転用・転載を固く禁じます。

マーク・ロスコ1
マーク・ロスコ 《無題》 1958年 川村記念美術館
(c)1998 by Kate Rothko Prizel and Christopher Rothko

マーク・ロスコ2
川村記念美術館での展示風景
(c)川村記念美術館 2009
マーク・ロスコ3

《テート・ギャラリーのシーグラム壁画展示のための模型》
1969 年 テート・アーカイヴ
(c)Tate, London 2008
マーク・ロスコ4
《「壁画 No.4」のためのスケッチ》
1958 年 川村記念美術館
(c)1998 by Kate Rothko Prizel and Christopher Rothko
マーク・ロスコ5
《突き当たりの壁のための壁画》
1959 年 ワシントン、ナショナルギャラリー
(c)1998 by Kate Rothko Prizel and Christopher Rothko